松原剣道・剣友会


松剣物語

松剣物語

14.マジック

何故か松剣のお母さん達が昔から私のやることをしばしば「南マジック」と呼んでいます。私としては特に変わったことをしたり、誰かをだましたつもりもないのですが、昔から私が子供に何かを言うと「ほら、南マジックだ!」と呼んで勝手に頷きあっているのです。そんな言い方をされた事例を幾つか紹介しましょう。これを読まれて、さて皆様はどのように感じるでしょうか。本当にマジックだと思いますか。

マジックその1

ある日私が稽古に行くと、お母さんがつかつかと私のところに歩み寄ってきて、「先生、息子がお話があるそうです。」と言うのです。「何か用?」と私がその子に訪ねると、「はい、僕は剣道を止めることにしたのです」と言うのです。 その子のお兄さんは、松剣の主将を務め、すべての代表決定戦で負けた事のない希に見る優秀な選手だったのです。スポーツ少年団の全国大会にも出場して、全国3位入賞の立役者として個人で敢闘賞ももらっています。

弟は目立った選手ではなかったのですが、両親もとても熱心な人達だし、まさか止めたいと思っているとは全く気付きませんでした。 思わずお母さんの顔を見ると、お母さんは私の方を見て首を左右に振っているのです。「それならば大丈夫」とお母さんに合図をすると、「そう、それではあっちで話をしましょう」と言って、子供だけを連れて道場の外に出ました。今から20年も前のことですから何の話をしたかは全く覚えていません。多分特別な話は何もしていないと思います。ただ、何か特別に止めなければいけない理由があるのかどうか、とか、私のことが嫌いで止めるのかなどいつものことを聞いただけだと思います。。

絶対に止めるな!と強制したつもりもないし、怒ったり脅したりした分けでもありません。ところが10分ほど話をすると、「僕、剣道続けます。」と言うのです。 「そうか、防具は持ってきているのか?」「はい」と意外なほど元気に答えるのです。「それじゃあ早速稽古をしよう」と言って、道場に戻りました。お母さんには「息子は、剣道続けるそうですよ」とだけ言って、私も防具を付け稽古を始めました

その日の夜にお父さんから電話がありました。「先生は息子になんと言ったのですか」とかなり強い調子で聞くのです。「いや、特別、何も、、」とあやふやな答え方をしていると、「先生、私ははじめて子供を殴ったのです」と、せき込んで経過を説明し始めたのです。

「私は、兄貴も弟もこれまでは1回も殴ったことはありません。しかし、今度だけは腹が立ってしょうがなかったので殴りました。何度話しても剣道を止めると言って聞かないのです。本当に強情なやつです。今日も稽古に行かないと言うので、頭にきて殴ったのです。ところがそれでも止めるといってきかないので、それならばお母さんと一緒に行って先生にお話して来い、勝手に止めることだけは許さない、と言って出したのです。そうしたら、帰って来るなり『僕、剣道続けるョ』って言うのです。家内に先生と何があったのか聞いても、家内もよく分からないと言うのです。先生は息子に何て言ったのですか。」と、私に問い詰めるのです。

「いえ、別に、、えーと、、」と言いながら私は自分が言ったことを思い出してみたのですが、特にこれと言って思い当たることがないのです。私が何時までたっても的確な答えをしないので、業を煮やしたお父さんが、「先生は魔術師ですね」と一言。 その子は、その後高校生までちゃんと剣道を続けていました。

マジックその2

「先生、私の息子は二重人格です」と、今にも泣き出しそうな顔をしてお母さんが私に言うのです。「どういうことですか」と、私が驚いて訊ねると、「道場の息子と、学校の息子では全く別人なのです。」と言うのです。 何のことかと聞いてみたら、学校の先生から毎日のようにお叱りの手紙をもらって、そのことについて何度息子と話をしても直らないで困っているというのです。

ノートも見せてもらいましたが、確かに赤い字で先生の言葉が何ページにも渡っていっぱいに書かれていました。『落ち着きがない』『先生の注意を無視する』『授業は全然聞いていない』『喧嘩をする』など等。

3年ほど前、とびっきりちっちゃな身体をした子供の手を引いて、お母さんが、恐る恐る「これでも幼稚園の年長なんですが、剣道に入れてくれますか」と言ってきたのです。「大丈夫ですョ」と言って入れたものの、稽古中にしょっちゅう半べそはかくし、仮病とおぼしき腹痛を起こすし等、それなりに人一倍手間の掛かった子供の一人でした。

しかし、3年もするとそんなことは嘘のように元気になって稽古をするようになっていました。 道場に来ると、早くから雑巾がけを始めます。あまりにも小さな身体で広い体育館を四つんばいになって行ったり来たりしているので、「おお、A君は偉いな、、皆も見習えョ、」と誉めてやると、にこっと笑って私を見ます。

「いい子になりましたね」と何時も親と話していたそんな子のことなのです 少し様子を聞いているうちに、『ああこの子に先生の方が舐められているな』と直感しました。そこで、「私が話してみましょう」と言って、子供を呼び一通りの注意をすると、私の顔をじっと見て聞いています。「分かったね」「はい」と素直に答えます。私は、「大丈夫でしょう」と親に言ってそれっきり気に留めていませんでした。

ところが何日かすると、また親が私のところにきて「息子はやっぱり変わりません」と言うのです。お母さんは、ほとほと困ったように、「子供に剣道の先生と約束したでしょう、と言うとその時は聞いているのですが、学校に行くと駄目みたいで、同じように先生から手紙が来るのです」と言います。

「分かりました。もう一度私が話してみましょう」と言って、子供を呼びました。その子の素直な振る舞いや顔付きを見ているとどうしても学校の先生のお話が信じられないのです。しかし、一般的な注意では駄目なようなので、私も一計を案じることにしました。

「実は、相談があるのだけど。」と私が真剣な面持ちで話し始めました。「A君の学年はお友達が少ないので、このまま6年生になると全国大会のチームが組めなくなるかもしれないね。どうだろうA君のお友達を誘ってみてくれないかな」と私が言うと、「はい」と目を輝かして聞いています。「そうか、ではA君にお願いがあるんだけどな。」「はい」「学校で、いつものように元気に挨拶をするなど松剣の様子を皆にみせてやってくれないかな。松剣に入るとこんなふうになるんだな、とお母さん達や先生方が分かってくれたら、A君が誘っても絶対友達が入ってくれると思うんだけどなあ。先生が直接学校に行ければいいのだけど今忙しくて行けないので、A君が先生に代わって松剣を見せてやって欲しいんだけど、どうだろうか。今のまんまでいいんだよ。」と言うと「はい。分かりました。」となおさら目を輝かして言います。

「そうか、ではよろしく頼むよ。」 A君への話はそれだけです。A君は背中が隠れてしまうような大きな防具袋を担いで、意気揚々と帰って行きました。 それからのA君の学校での態度はすっかり変わってくれて、先生から赤字の手紙をもらうこともなくなったそうです。私は子供を騙したつもりはありません。と言うのは、A君だけのお陰ではありませんが、A君が6年生になった時には、11人も同期のお友達ができていたのです。

マジックその3

お楽しみに!