松原剣道・剣友会


松剣物語

松剣物語

1.「僕、先生に勝ちました」

朝マラソンでの出来事です

朝マラソンでは私もなるべく子供達と一緒に走るようにしているのですが、前日に宴会があって呑みすぎていたり、仕事で疲れていたりしたときには、子供達だけに走らせてしまって、先生は声だけ参加、ということが時々ありました。そんな時には子供達の走っていく後ろ姿を見ながら、なんとなく後ろめたい気持ちがあって、子供が走っている間にアイスクリームやジュースを買ってきて、皆に振舞うのです。先生としてのせめてもの体面維持の方策です。

ある時、こんな事件がありました。小学校の低学年の頃に、何時も道場の外で泣いていて入ってこようとしない子がいました。お母さんはとても熱心で、30分でも40分でも道場の外で頑張っているのですが、それでも結局稽古をしないで帰ってしまうことも度々という子でした。

そんな子が4年生になって、自分から朝マラソンにも来るようになりました。私は朝マラソンでその子の顔をみたときには、すっかり嬉しくなってしまい、特に二日酔いでもなかったのに皆を走らせておいて、近くのコンビに走ってアイスクリームを買ってきました。

いざアイスクリームを配ろうとしていつの間にか一人増えていることに気づきました。遅れてきた子がいて、マラソンの途中から参加していたのです。子供達に配る分はあったのですが、私の分が無くなってしまいました。

そこで、皆が食べ始めたのをみて、「先生にも一口よこせ」といって、皆のアイスクリームを一口ずつかじって歩いたのです。「ヤダー」とか「キタネー」とか言いながらも子供たちは、結構喜んで食べさせてくれます。こんないたずらも、平素は先生と子供たちとのコミニケーション作りのひとつと思っています。

ところがその日は違いました。その子のところまで行ったら、どうしても食べさせてくれないのです。ここがこの子とのコミニケーションを図るチャンスと考えた私は、その子の手を押さえるなり、アイスクリームに一口噛み付いたのです。そうしたらその子の顔色が急に変わって真顔になって、このアイスクリームは先生にあげるというのです。いくら説得しても聞きません。6年生の子が、自分は食べないので新しいアイスクリームと交換してあげるといっても聞きません。結局泣きながら帰ってしまったのです。

せっかく一人で来れるようになった子供だったので、心配のあまりお母さんに事件の顛末をお話しすると、自宅でもとてもデリケートでお父さんのものには絶対に箸を付けないとのことでした。次週の朝マラソンに顔を出してくれるか、とても心配でした。

翌週の朝マラソンでその子の元気な顔を見たときには本当に嬉しくなりました。その日は私も元気に皆とマラソンを走りました。ところがです。途中に水溜りがあって、その水溜りを飛び越したところ、その子の足が私の足の下にあったのです。私は、避けることができずに思いっきり踏んでしまったのです。私に足を踏まれてバランスを失ったその子は、見事に水溜りの中に顔から飛び込んでしまったのです。大泣きをしているその子を見て、2週連続の事件にさすがの私も呆然自若、どうすることもできませんでした。もう二度と松剣には来てくれないだろうと、本心から確信しました。

ところが、その後、その子は6年生で松剣の主将になり、何回もの大将戦を制して、松剣を勝利に導きました。全国大会にも出場しています。今では三段にまでなって、後輩たちの指導に来てくれています。人は、本当に色々な経験をして育つのですね。