松原剣道・剣友会


松剣物語

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11.剣道とバレエ

先日(平成17年8月6日)、山本顧問と清里で行われた、シャンブルウエストによるフィールドバレエを見てきました。能の世界では薪能はよく知られていますが、クラッシクバレエが野外で演じられるのはあまり聞きません。しかし、シャンブルウエストは、この試みを清里で16年も続けているのです。

今回の公演では歌舞伎を取り入れたとても幻想的ですばらしい振り付けでした。添付の写真は、公演直後の懇親会で川口ゆり子さん(シャンブルウエストの主宰者兼プリマバレリーナ)と一緒に撮ったものです。

川口ゆり子さんは、私の古くからの友人で松原剣道の30周年記念祝賀会にも花束を届けてくれていたのを覚えている人もいると思います。
(シャンブルウエストの情報は、ホームページ(http://www.chambreouest.com/)に詳しく掲載されています)

この機会に、少々剣道とバレエについての関係を私見ですが紹介してみようと思います。

日本人の多くは、日本の文化と西洋の文化とは異質なもの、関連しないものと考える傾向があります。しかし、皆様の認識に反して、実は、剣道とバレエとは極めて密接な関係にあり、とても似通ったものだと私は感じています。だからこそ、今日まで私は両方に強い関心を持ち続けて来られたのだと思っています。海外で、そのことを実践している人がいます。バレエ界の著名な振付家モーリス・ベジャールという人を紹介する文章を以下に転載します。

「ベジャールは日本の古典に精通している。清少納言の『枕草子』や宮本武蔵の『五輪書』を愛読し、ルードラに併設されているバレエスクールの授業に剣道も取り入れている。『剣道はみごとな芸術だ。その動きは座禅の瞑想にもつながっている。集中力、正しい姿勢などバレエに必要な要素がすべて含まれている』と言う。そして、彼の作品を踊ったことのある歌舞伎の女形、坂東玉三郎らとの交友を通じて、作品をバレエ化していく。」(小田孝治)。

モーリス・ベジャールとは、「モダンバレエの魔術師」とまでいわれ、独特の振り付けによって古典バレエの常識を変えた鬼才です。今なお世界で最も活躍するコリオグラファー(振付家)の一人であり、70歳を過ぎても、ベジャール・バレエ・ローザンヌの主宰者として世界的規模で活躍を続けているバレエ界の巨匠中の巨匠です。私も彼の作品は何度となく観ています。そんな世界的巨匠が、「剣道は優れた芸術で、バレエに必要な要素がすべて含まれている」と断言して、自分の開設したバレエスクール(「ルードラ・ベジャール・ローザンヌ」)の授業科目に剣道を取り入れているのです。

最近の日本のバレエのレベルはとても高くなり、各バレエ団は、ポピュラーな古典的名作ばかりでなく、日本人が創作した独創的バレエを上演する機会も多くなりました。そうした中には、日本の伝統文化の雰囲気を取り入れた作品も数多く発表されています。 バレエ界でも和洋折衷の試みが急速に進んでいるようです。しかし、残念ながら日本のバレエ団がいまだ剣道の稽古を授業科目に取り入れているという話は聞いたことがありません。

そこで、皆様に、剣道とバレエとの類似性について南論を紹介しようと思います。これによって、剣道愛好者の中にも一人でも多くのバレエフアンが増えればと思っています。

剣道とバレエの類似性

第一に、剣道もバレエも一見軽妙な技術が評価され易い性質を持っています。剣道の価値を試合での強さに求めている人達には、アクロバティックな動きがよく受けます。最近の試合をみているとそう感じる場合が多いです。同様に、バレエでも、一般観客には軽妙な技能の方がよく受けています。 しかし、剣道では、本当に強い人の一太刀はとてもゆっくりでしかも単純です。そこには軽妙な動きは何もありません。にもかかわらず何故か打たれるのです。面や小手や胴が打たれるのではなく、心が打たれるのです。それが剣の妙味です。 同様に、卓越したバレリーナの動きは、決して華々しくありません。高く飛ぶわけでもありません。にもかかわらず何故か観客の心が魅せられるのです。そこがバレエの妙であり、両者の共通する点です。

第二に、剣道もバレエも極限までの美しさが求められるもの(芸術)です。体育的種目の中で、剣道ほどに「構え」の美しさが評価されるものはありません。高段位での審査では、最初の「構え」で殆ど合否が決まってしまうとさえ言われています。この構えの美しさは打突中にも打突後にも同様に求められます。打突後の「構え」は、残心と呼ばれて特に重要視されています。バレエもまた極限までの美しさを求めて過酷なまでの鍛錬によって芸術性を現すものです。「構え」の基本となるものは、剣道の場合は「自然体」で、バレエでは1番から5番までの「ポジション」と呼ばれる「足の形」から発しています。どちらもとても単純で原始的なところに美の原点があるのです。

第三に、剣道もバレエもその美の本質を体の中心線(正中線)を維持することに置いています。剣道が求める構えの究極は一切の無駄を廃した自然体であって、恣意的に作られたものではありません。地球の引力に従って全身を真直ぐに立たせ、頭の上に伸びる延長線上から足元の地球の中心に向かった一本の線、これを正中線と呼んで、構えの原点としています。すべての動作・対応がここから始まってここに帰結するのです。この姿の中に美を見出しています。 バレリーナがトウシューズのつま先であれ程難度の高い踊りを踊れるのは、体の中心線が重力に向かって真直ぐに維持されているからだと思います。不安定な印象を与えるつま先立ちの舞は、観客を極めて真剣な緊張感のある世界に引き込みます。バレリーナはその緊張感の中で、中心線(正中線)を確実に維持しながら安定感のある研ぎ澄まされた技術を披露します。その緊張感と安定感との挟間に、バレエ独特の洗練された美しさを醸し出すのです。 私は、ここ、即ち正中線上に剣道とバレエとの究極の共通点があると思っています。

どうですか、剣道とバレエがとても似通ったのもだということがお分かりいただけましたか。こんな風に剣道とバレエとは共通する部分が沢山あるのです。剣道が大好きな貴方も一度はバレエを観てみては如何でしょうか。