松原剣道・剣友会


松剣物語

松剣物語

1.「僕、先生に勝ちました」

古いお話をまた一つ。ある日、私は友人と久し振りに楽しい酒宴をもって、ついつい2軒、3軒と梯子をしてしまいました。とても良い気落ちになって帰りの電車に乗ったのです。

幸い上り方向だったので席はガラガラでした。しばらくすると、私の方向に野球帽を目深に被った若者が近づいてきたのです。風体からみてあまりいい感じの若者でなかったのです。何か因縁でもつけるのかと思って多少身構える気持ちになったら、うやうやしくとても低い声で、「南先生!」というのです。「・・・・・」「僕、原田です。覚えていますか?」「そういえば確か原田兄弟のお兄ちゃん・・・」と私が答えると、「はい、僕、四段に受かりました。何時か先生にお伝えしたいと思っていたのです」と言うのです。「それはオメデトウ。早速祝杯でも挙げようか」と言って、松原団地駅で一緒に降りると、彼の手を引ぱって駅前の居酒屋に連れていきました。

私は、酒の勢いもあってうれしさのあまり辺り構わず大声で乾杯をして、祝宴を始めました。するとその店に偶然娘の中学時代の友人が来ていて、私に挨拶をしに来てくれたのです。私は酔った勢いで、「まあ座れ、一緒に飲もう」と私の隣の席に誘ったのです。彼女も嬉しそうに座ってくれました。すると突然原田君が「この女は何ですか」と荒げた声で、私に詰問するのです。「え!そう私の彼女・・」と私が冗談で答えると「先生、彼女なんて言わないでください。僕はずーと先生を尊敬していたのですから」「・・・」これには私も言葉がありませんでした。

しばらく3人で酒宴を続けるうちに、私はさらにいい気分になって来て、とりとめのないことを大きな声で話していました。すると再び突然に、「僕、先生に勝ちました」と四段になったばかりの原田君が言うのです。「何に?勝ちましたってなにに?」と私が聞くと、「酒です。先生より僕の方が酒に強いです」と言うのです。なるほどと思ったのですが、「何を言っているか。これしきの酒で。勝ったと言うならこれから本当の勝負をしようじゃないか。お前なんかにまだ先生は負けやしない、酒だ、酒だ」と叫んだものの、すでに半分酩酊状態だった私は、30分ほどで、立てなくなってしまいました。最期は原田君と彼女の肩にぶら下がってタクシー乗り場まで連れて行ってもらいました。タクシーに乗るときに最期に原田君がまた一言。

「やっぱり勝ちましたね」「はい、降参です」人にものを教えていると、時々腹が立ったり、裏切られたと思ようなこともありますが、こんな一時があるともう止められません。