松原剣道・剣友会


剣道のお話

剣道のお話

「五戒」について
小川 刀耕 先生

『人が生きるにはどう生きるか。まず資格で生きる。資格は大切なものです。然し資格よりは実力の方が上です。さらに、実力よりは真実の方が上です。この真実に生きる、ほんとうに生きることが最高の生きがいであり、之を道というのです。
この真実に生きる、道に生きるという内容を人は生まれながらに持っている。昔の日本人は道を行なう人間を神といい、それで八百萬の神といったのです。指導者は、剣道場で人が生れながらに持っている『真実』を引き出してやる。教えるのではありません。
この唯一絶対の真実で一生貫き、真に生き甲斐のある生活をするには、少年時代から人間形成の修行がいります。それを五つに分けて『五戒』としています。

その第一は、「嘘をついてはいけない」です。これは「真実」ということで、一生を貫く根本問題です。いかなる大事業をしてもこの土台がなければ砂上の楼閣です。人間は十三、四歳で本体が決まります。
道場内では色を使ったりしたいわゆる誤魔化し稽古ではなく、正しい稽古をする。行いも正しく、正直、直心の修行を行います。直心の修行は道場内ばかりでなく、道場外の生活も直心でなければいけない。之を「直心是道」といいます。この嘘を言わない、直心の生活を道場以外でもやる、これが本当の剣道なのです。
ところで、この直心は放っておくと「我」という雲がかかります。直心をよく養い雲をかけなければ、まず吾が身が修まり、さらには家庭、社会が治まり平らかになります。直心は育てればそこまで行くのです。  嘘をつかないことが熟してくると人を見る明がでてきます。自分をごまかさない人は他人にもごまかされません。

第二は、「怠けてはいけない」です。これは「忠実」であれということです。
以前に最高裁長官をやった石田和外という先生から聞いた話ですが、「あらゆる犯罪者に共通したものが一つある。それは、怠け者である。古今のあらゆる偉人に共通したものが一つある。それは、"勤"の一字である」ということです。すなわち、努力、根気です。即ち、親が子に何を残すかというと、財産を残してやるよりも、やり始めたことは最後までやり遂げる、努力の習慣を小さいときから身に付けさせてやることが何よりも大切です。
剣道なら、正しい一本の技を覚えるためには、それを繰り返し修行する。何年かかっても良い。一生かかってもよい。できるまでやる。そうすると心身に集中力ができて開けるのです。学問も同じことです。
私の郷里に本多静六と言う林学博士がいて、この人は中学の時に数学で落第し、悲観して死のうと井戸に入ったが、井戸の淵から手が離れないので、死に切れず井戸から這い上がって出てきたそうです。それから数学を一生懸命やった。その後、本多は数学の天才だと言われるようになった。その時本多は、つくづく天才は努力だと思ったそうです。
努力して一生懸命やると、集中力が高まります。一心にずっとなる。これを別な言葉で言うと、「三昧」になるということです。

第三は、「遣りっ放しにしてはいけない」ということです。これは、「責任」ということです。
剣道では残心といいますが、一本打ったあと気を抜かない。気を抜けば相手から打たれる。道場に入るときは、履物は揃えて上がる。稽古が終わったら整頓して帰る。
遣りっ放しにしないということは、責任を持つということです。大人になっても責任感が無かったら一人前の人間として通用しません。

これら三つを小さい時から身に付けさせておけば、一生の宝になります。これが躾の教育です。これらを身に付ければ、人間形成の土台ができます。ところが、人間には之だけではなく、もっと程度の高いものがある。そのことについて以下に説明します。

第四は、「我儘をしてはいけない」ということです。これは、「尊敬」ということです。
皆が信じあって仲良くしたい。ことに日本人の心は、「和」です。それも「大和」です。大和魂は大きな和、誰とも仲良くなのです。その和の中に個人も入っているのです。
剣道でも、ただやたら打ち合うのでは上達しません。剣道でよく我慢をしなさいと言いますが、これは、相手を尊重しなさい。相手と自分との剣尖が触れるか触れないという互角のところで、相手を立て、自分も立てる。相手を尊重して我慢しなさい。ここを尊重して稽古をする人は、一生涯登っていく人です。
「わがままをしない」ということは、言葉を変えて言うと、相手の人格を尊重するということです。この芽を育てていき、相手を立てるということを小さいときから頭の中に入れておいたら大人物です。
相手の人格を拝み、自分の人格も拝む。この自他不二を形で示せば、合掌です。合掌の精神こそ人の道であります。剣道で言えば、一足一刀の間ということです。

第五は、「人に迷惑をかけてはいけない」ということです。これは「博愛」ということです。
人に迷惑をかけないということは、別な言葉で言えば、人を愛するという事です。愛ということに徹底すると人間は愛のために命を差し出すところまでいきます。「正しく、楽しく、仲良く」剣の道を深め極めていくと、山岡鉄舟の言う「剣道の愛」に行き着きます。これは、自己以外のもの、即ち「社会」を形成させるものです。

五戒は、詰めれば以下の二つのことを修錬するということなのです。

(1) 人間個人の形成

(2) 人間社会の形成