松原剣道・剣友会


剣道のお話

剣道のお話

1. 正しい稽古、立派な剣道
2. 切返し、打ち込み、掛り稽古
森 島 健 男
平成5年3月6日

正しい稽古、立派な剣道

今年は松原剣道の二十周年だそうですね。二十周年ということは、君達の先輩達はすでに社会へ出て、立派な社会人として活躍していることと思います。今、正しい剣道を身につけておくと、君達は先輩達のように将来立派な社会人になれるのです。

強くなりたい、試合に勝ちたい、段をとりたい、と思うことは大切なことです。但し、それだけが剣道の目的ではないということを、ちゃんと覚えておいて下さい。立派な人間になる為に、剣道をするのです。

君達は、人間形成ということがどういうことなのか、まだ分からないでしょう。子供の頃にはなかなかそういうことは理解できないものです。だから、皆さんは先生方がされていることを、そっくりそのまま真似をすればいいのです。

先生方のいわれることをよく聞いて、守って、剣道を身につける、それが結局人間形成に繋がることになるのです。

私の先生は、君達に「平常心」と書いて下さった小川忠太郎先生です。学生時代から四十数年にわたって小川先生に指導を受け警視庁に入ってからは持田先生に、約三十年教わりました。

お二人から稽古を通じていろいろなことを教わってきました。良い先生に付くということは大事なことです。一方、指導する側からいえば、一人の人間の将来を左右することにもなるのですから、指導者は立派な稽古をすることも大切ながら、毎日の行いにおいても、立派な生き方に勤めることが大切なのです。

「私のやることを、そのまま真似しなさい」という自信がなければなりません。その自信があれば、言葉で教える必要はありません。子供達は、先生がされることをよく真似ればいいのです。君達の教わっている先生方は立派な方ばかりなので、皆さんは大変恵まれていると思います。後はただ、稽古をすること、一生懸命努力することだけです。

剣道というものは、いくら頭で理解しても何にもなりません。体で覚えることが大切です。中には器用な人がいて、余り稽古をしないでも勝てる人がいます。

しかし、こういう人は大成しません。むしろ、不器用な人程沢山稽古をするので、最後には大成することになるのです。

私は子供の頃から大変不器用でした。だから、いつも「なにくそ!」と思って稽古しました。学生時代には座ることも階段を登ることもできなくなる程、稽古をしたものですが、続けていれば必ず強くなるという信念を持っていました。

その上に、剣道というものは、工夫しなければなりません。やりっぱなしではだめです。何故だろうと考えることが大切です。

こうした気持ちで剣道をしていれば、誰でもが強くなれるし、立派になれます。稽古をしながら自分を磨き、人格を形成するのです。

驚懼疑惑という言葉があります。素直な人でないと剣道は上達しないということです。例えば、相手を恐いなと思ったら駄目です。相手を打ってやろうと思ったら、相手に打たれてしまいます。
相手に打たれたらどうして打たれたのだろうと考えて、工夫しながら一つ一つ直してゆく、そうした素直な心が大切なのです。

剣道には「闘志」が大切です。本当の闘志というものは、相手に対するものではなく、 自分自身に対するものです。
何故打たれたのだろうと考えて直すという闘志であり、今日は稽古を休もうかと考えた時に、何くそ頑張らなくてはと思う闘志です。

君達が社会に出たならば、恐らく色々なことが待ち受けているでしょう。辛いこともあるでしょう。そんな時に、「僕は松原剣道で頑張ってきたんだ」ということを思い出して、「なにくそ」と思うこと、これが本当の闘志です。
日々、そういう努力をして、次第に世の中の役に立つ人間になってゆくのです。

小川忠太郎先生が、君達に教えてくれた五戒を覚えていますか。皆さん言えますか?
このひとつひとつは、どれも実に難しいことです。しかし、剣道を学ぶ子は、この内のどれかひとつでいいですから必ず守って下さい。そうすれば、いつか必ず立派な人間になれます。

なぜならば、この五戒の基になるものが、真心と闘志だからです。剣道は楽しくなければなりません。子供のうちに一生懸命稽古をした人は、大人になっても忘れません。

小川忠太郎先生は九十歳になっても稽古をしていました。大人になっても楽しい稽古ができるような剣道を身につけましょう。それが正しい稽古であり、立派な剣道なのです。

今日話したことをこれからもよく思い出しながら、稽古を続けていって下さい。又、次に来たときにもう少し詳しい話をしましょう。

切返し、打ち込み、掛り稽古

私は、現在全日本剣道連盟で普及委員という仕事をしています。今日は全日本剣道連盟で決まっていることを皆様にお伝えしようと思います。

まず切返し、打込み、掛り稽古の内容について説明しましょう。

切返し

切返しは、剣道基礎訓練として大変重要なものです。切返しの中には、剣道の大切なもの-姿勢、構え、目付、間合、体捌き、手の内の作用、打突の機会等-が、すべて含まれています。

姿勢、構えについては、まず相手から目を離さないことです。下半身をしっかりとし、上半身を柔らかくします。切返しを繰り返し練習していますと、自然とそうしたことが身についてきます。

最初に正面打ちですが、これが最も大切です。必ず一足一刀の間合から、しっかりと打ちます。又、元立ちは面打ちをさせた時には、体当たりをしてはいけません。打つ人の勢いに従って、後ろに下ってあげるのです。左右面は、子供のうちは大きくゆっくりと正しくしましょう。元立ちは子供の面打ちを伸ばすために、出来るだけ面の近くで受けるようにして下さい。子供の竹刀が当たる瞬間に、元立ちは手の内をしっかりと締めます。はじき返すのもよくないし、弱過ぎるのもよくありません。

また、切返しは一息でやらせなければなりません。一息の切返しとは、しっかりと息を吸って全力で正面を打ち息が切れるまで延ばします。しっかり延ばした後で大きく息を吸い、少しずつ吐きながら左右面を打ちます。この間は息を吸ってはいけません。
ただし、人によって体力や技量は異なりますので、大人と子供、総ての人に同じ本数をさせる必要はありません。子供の技量や体力によって、それぞれに合った指導をすることが、元立ちの大切な任務です。本数はなにも九本である必要はないのです。

切返しは、掛る方よりも受ける方(元立ち)が大切です。受け方一つで上達の仕方がずっと違ってしまいます。先生方は元立ちの仕方をしっかりと覚えて下さい。

今、切返しは二回だけで終ってしまう場合が多いようですが、あれは間違いです。気力や体力が続く限り、続けさせることが必要なのです。そうすることによって、始めにお話した手の内や体捌き等、様々な事柄が自然と身に付いてくるのです。

子供の体力にあった指導、これを元立ちは見分けなければなりません。

打込み

正しい打込みというのは、「有効打突」ということです。有効打突とは、充実した気勢、適法な姿勢、正確な刀法の三つが全部揃っていることをいいます。皆さんが打っている殆んどは、有効打突ではありません。本当に有効打突といわれる打ちは極めて少ないのです。これを成す為に打込み稽古をするのです。

打込み練習をする場合は、正しい距離、正しい姿勢、手のうちの作用、決められた部位、足捌きを注意しながら行うことが大切です。打込みを行う時の正しい距離とは、一足一刀の間です。手の内の作用とは、構えた時の竹刀の持ち方、打つ時の力の入れ方、両手の力のつり合い、打った後の力の弛め方、これらを総称していいます。

こうしたことに注意して合理的な方法で打ち込みます。合理的な方法ということは、気剣体一致ということです。

打込み練習をするときも、やはり元立ちが大切です。元立ちが正しく捌いてあげないと、刀筋、手のうちができません。必ず真直ぐに打たせるように注意して下さい。

最後に切返しの面打ちは、面の打込みの要領で打たせて下さい。

掛り稽古

打込み稽古と掛り稽古の相違は、打込みは必ず元立ちが空けて打たせますが、掛り稽古は空けません。子供に対しては適当に空けてあげる必要があるでしょうが、掛り稽古は本来部位を空けて打たせるものではないのです。ともかく夢中になって、意気の上がるまで一生懸命打ち込むことが大切なのです。

厳しい稽古をする目的は、立派な試合に勝つためです。その努力が、人間形成に繋がるのです。勝つことは大切ですが、その方法を間違えると人間形成に繋がらなくなります。稽古や試合はあくまでもその手段でなければなりません。このことを謬らないようにして下さい。

正しい打ちができるようにするために、正しい切返し、打込み、掛り稽古を絶え間なく練習する必要があるのです。

静坐

最後に、静坐について説明します。今、全日本剣道連盟では、黙想ではなく静坐と言います。皆さんもこれからは、「静坐」と言って下さい。

静坐の方法について説明します。まず、右手を下にして左手を 上にし、親指を合わせ、親指をへそ前に持ってゆきます。背筋をのばし、あごを引き、歯を軽く噛みます。肩の力を抜き、静かに坐ります。これが静坐の姿勢です。息は、吐く息を長く、吸う息を短くします。しかし、子供の間は同じで構いません。ともかく長く長く呼吸するようにすることが大切です。

長い呼吸は剣道で役立ちます。その呼吸を「一つ、二つ」と数えて下さい。他には何も考えない。これを訓練していると、禅でいう「無心」に繋がることになるのです。無心ということは、実際にはなかなかできるものではありません。

しかし、これを続けて努力していると、次第に無心ということかが分かるようになります。これが剣道に生かされるのです。姿勢を整え、呼吸を整え、無心になる。これが剣道で最も大切なことなのです。

目付は、目を閉じてはいけません。膝前90センチ位の所に目を付けます。皆さんの静坐は少し短いようです。せめて三分位はして下さい。子供のうちから毎回やっていると次第に効果が現れるものです。